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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)2587号 判決

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は控訴代理人において、

(一)  甲第一号証(昭和二五年五月三日の和解契約)第一項は、控訴人は同人所有の本件山林三十七町歩を同人の祖父速水僖三郎と共有にすることを定めたものであるが、これは共有持分の単純な贈与ではなく、種々の条件がついている、すなわち、共有となつた後においても僖三郎が持分を勝手に売却することはできないようにするためと、他から差押などされるのを防止するために共有の登記はせず、控訴人単独所有の現状のままになしおき、控訴人の父進は公租公課一切を納付する義務を負担するが、山林全部の使用収益は僖三郎がなして永く同人及び同人と妾との間に生れた子供らの生活資料を稼ぎ出すという定であつたのである。ただ僖三郎と同人の妾との間に生れた子供らが上級学校に入学することができ、その学資金調達につき右山林の収益だけでは不足を生じ、右僖三郎の共有持分を他に売却しなければならないような状態になつた場合にはやむをえず他に売却することをも考慮に入れておいたのであるが、右学資金の金策については僖三郎は必ず進と協議しなければならないことを定めたものであることは甲第一号証の記載により明らかであるか、かように約した理由は本件山林は速水家の後継者たる控訴人主一の重要な財産であるから、共有持分を永久に速水家以外の第三者の手中に入ることを防止するため、僖三郎が自分の持分を他に売却しなければならぬ場合は必らず進にその旨を申出で、進と協議を遂げることとし、進がその共有持分を僖三郎から買受けて速水家以外の第三者の手中に入ることを防止する機会を進に与えたのである。しかるに僖三郎は妾腹の子供らがいまだ幼年で自分の手許から小学校に通学中であり、特別の学資を調達する必要がないばかりでなく、共有持分を他に売却することについてはなんら進と協議をしなかつたのである、控訴人は共有持分につき被控訴人主張の如き売買が行われた事実を否認するものであるが、仮に右売買が行われたものとしても、前段主張のとおり僖三郎は進とこの売買につき協議しなかつたことと共有持分の登記手続を求めることは甲第一号証の約旨に反する故、控訴人は僖三郎にたいし被控訴人主張のような所有権移転登記をする義務なく、したがつて僖三郎に代位してなされた本訴請求も当をえないものである。

(二)  甲第一号証の和解成立後は僖三郎は永く本件山林を開拓し、これを使用収益して自分並びに妾腹の子供らの生活資料を稼ぎ出すことを誓つたことは同号証第四項で明白であつて、甲第一号証の和解成立後いまだ一ケ年も経ない間に勝手に共有持分を他に売却し、僖三郎自身が右山林の使用収益をすることができなくなるようなことをするなどとは右和解当時少しも考えていないところである。しかのみならず、同号証第五項において、僖三郎は妾と手を切り生家速水家に復帰安住するよう心掛けることを誓つており、これが前記和解契約の重要な事項であるにかかわらず、僖三郎のその後の行動は少しも和解の趣旨を守らず僖三郎及び妾を中心として速水家にたいする民事刑事の問題が絶えるひまがなく、かくては紛争解決のため締結された和解により控訴人から僖三郎に山林約三十七町歩の共有持分を贈与した趣旨は没却されるのである、かように和解の本旨を守らない僖三郎の行為に思をいたすにおいては前記和解契約は無効といわざるをえない、なんとなればこの契約は契約証の冒頭に掲げているとおり速水家の安泰のために締結されたものであり、同時に僖三郎の自活の道とその子供らの教育のことを考慮して締結されたものであるのに、僖三郎がその趣旨を守らない以上、控訴人ははじめから、かような和解をなすべきではなかつたからである、すでにこの和解が無効であるとすれば、控訴人は本訴請求に応ずる義務なきこと明白である。

(三)  僖三郎は準禁治産者であるから保佐人の同意なくしては訴訟を提起しうるものではない、僖三郎自身訴訟を起しえないものを控訴人にたいし代位訴訟を為すことを認めれば、準禁治産保護の趣旨に反するから本件代位訴訟は許されないと解すべきであると述べた。

<立証省略>

三、理  由

訴外速水僖三郎(以下かりに喜三郎と記す)が昭和二十五年五月三日控訴人から別紙目録<省略>記載の本件山林の二分の一の共有権の贈与をうけたというのが、被控訴人が本件請求の原因として主張するところである。

昭和二十五年五月三日当時、本件山林が控訴人の所有であつたこと、控訴人が未成年者であつたこと、訴外速水進及び同速水ハツが控訴人の父及び母であつて共同して親権を行う者であつたことは、本件当事者間に争なく、被控訴人がその主張の前記贈与の証書だと主張し、控訴人もこれを争わない甲第一号証(「和解証契約証」と題する書面)の記載中「下都賀郡皆川村八幡沢山林約参拾七町(五筆)」というは、本件山林を指すことは、本件における当事者双方の弁論の全趣旨から明かである。以上のことがらを心にとどめつつ、甲第一号証を読むと、昭和二十五年五月三日訴外速水喜三郎と控訴人の親権者としての速水進との間で、これまで控訴人単独所有である本件山林を控訴人と訴外速水喜三郎との共有とする旨の合意がなされたことは、十分に、認められる。右の合意における進の意思表示が父母が共同して親権を行う場合において、父母の一方たる進が進及びハツ共同の名義で子に代つてなしたものである(民法第八二五条)との主張も立証もないからなにか他の証拠によつて甲第一号証に記載の内容の合意は父進と母ハツとが共同してなした意思表示によるものであつたと認め得るのでなければ被控訴人の主張はとおらないのである。

甲第一号証は、昭和二十五年五月三日控訴人の父速水進の家に速水喜三郎(進の父)同喜八郎(喜三郎の父)、と訴外横塚海一、同松本徳蔵などが相会して、右喜三郎と進その他の親族との間の紛争をおさめるために協議をした結果、解決策としてまとまつたところを書面に作り、その席で喜八郎喜三郎進の三名と、立会人として松本徳蔵横塚海一片岡正吾が署名押印したものであるということは、本件当事者双方の弁論の全趣旨によつて明かであるところ、原審証人速水喜三郎は甲第一号証について、「右書面は私の生家において、私、私の父喜八郎、私の子進立会の上で作成されたもので、そのとき被告の母ハツも私達の食事の世話等のためその場に居りました」と証言し、原審証人横塚海一は「甲第一号証の契約は、速水家で喜八郎、喜三郎、進、片野正吾及び私が立会の上でなされ、その契約書が作成されました、そしてその契約書作成当日は、被告の母ハツも同家に居て食事等の世話をして居りましたから私達が何のために同家に参集して相談して居たかということを知つていたことと思います」と証言しているから、甲第一号証の契約がなされる際ハツは、右契約のなされること並にその内容をほぼ、知つていたと認められるけれども、だからといつて、とくに反対の意思表示をしたことの認められる資料がなにもないかぎり、母ハツも父進とともに控訴人を代理したと認めるべきだというのははなはだ不当である。わが国の農村社会の家庭における女性、ことに妻、嫁、の地位にある女性の重んじられないことは、徳川時代におけるとほとんどちがいがないと言つても必ずしも言いすぎでなく、ひかえめであることや忍従ということが美徳とされ、女性自身にもこれを不当と思わない者も少なからず、目ざめた者も家庭平和のためにやむを得ないとあきらめるなど、いわば忍従の徳を発揮しているのが通例である。これは公知のことにぞくする。本件において特に反対の証拠がないのであるから控訴人の母ハツも前記通例からはずれない女性とみとめるのが相当であり、そうとすればハツが甲第一号証の契約の成立に当つてなにも言わなかつたとしても、それは内心反対の意思を有しながらも、前記の通例の妻たる女性の態度として、しかたがないとして、だまつていたのかも知れないのである。何もしないという消極的事実をもつて、進と共同して控訴人を代理して、黙示の意思表示にもせよ意思表示をしたと積極的行為があつたように認定することははなはだ失当だと言わなければならない。(わが国社会の実情が前記のようであるのに、前記のように不当な認定をすることが裁判所の通例とされるようになつたなら、民法第一条ノ二に示される「本法ハ(中略)両性ノ本質的平等ヲ旨トシテ之ヲ解釈スベシ」との理念は、いわばカラ念仏となり、同第八一八条第三項の「親権は、父母の婚姻中は、父母が共同してこれを行う」の規定はほとんど空文となるであろう。)そればかりではなく、原審における控訴人法定代理人速水進はその本人尋問に際し甲第一号証について「その契約書を作成する際私の母親マサは不在であり、私の妻ハツは母親マサの意見を確かめなければ自分としては捺印することができないと申して立会いませんでした」「先程お示しの甲第一号証の和解契約書を作成する際私は妻ハツを立会せるべく同人を呼んだのでありますが、その時ハツは『父親(喜三郎)は財産を皆なくしてしまうから自分としては母親マサと相談して母の承諾を得てからその契約書に捺印する』と申して立会いませんでした」と供述し、当審における本人尋問に際しては「甲第一号証に私の妻ハツが署名してないのは、妻は、母マサが主であるにかかわらず大阪に行つているから立会えないのにかかわらずこのようなことをまとめることはできない、母に立会つてもらいたいと申しました、しかし立会人は、母を入れずにまとめようと言われ、妻は、それではうまく行くはずがないから母が帰るまで私は猶予して欲しいと申出あり、署名しなかつたものであります」と供述しているのであるから、甲第一号証の契約について控訴人の母ハツは控訴人を代理して意思表示をしたことが認められないにとどまらず、意思表示をしなかつたことが認められるのである。乙第二号証の一、二は、甲第一号証の契約について、控訴人側から相手方の速水喜三郎にたいして保佐人の同意ある追認を催告する旨の書面であるところ、これには控訴人の親権者として進及びハツの名を連ねてあるけれども、この書面は右両名の代理人としての佐久間渡作成名義であり、わが国の社会の実情としては夫たる人ひとりの依頼によつてでもその妻と連名の催告書を作るようなことは、日常しばしば行われるところであるから、ハツが書面作成の依頼をしたと認められる資料の出ない本件においては、この乙第二号証の一、二の存することは、前段認定のさまたげとはならない。その他前認定をうごかすにたる証拠はない。

かような次第であれば、被控訴人の本件請求の理由のないことはもはや明かであつて、他の争点について判断するまでもなく、これを棄却すべきものである。

したがつて本件請求を認容した原判決はこれを取消すべく、訴訟費用は民事訴訟法第八九条によつて被控訴人の負担とすべきものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)

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